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あおろぐ

人が生きると書いて人生。額面より可処分量。

キリギリスの逆襲が始まった【アリさんとキリギリス】

アリとキリギリスの話は有名な話ですね。どんな話か詳しく思い出せなくともなんとなく以下のリンク先にあるようなあらすじということは知っているかと思います。

 

アリとキリギリス イソップ物語 <福娘童話集 世界の有名な話>

 

国によってはタイトルが変わったり、結末が変わったりしているそうですが、日本ではこのお話を通して「キリギリスのような生き方をするとろくな人生を送れないよ。真面目にコツコツ生きなさい」という教えを説いています。

 

そして時は流れ2016年、キリギリスの逆襲が始まります。

それがこの本です。

 

近年はダイバーシティという言葉が使われるようになり、多様な働き方や生き方をすることへの考え方が変化してきました。大学を出て就職して定年まで勤め上げることを良しとしていた時代はとうに終わり、大学を出ても就職しなかったり、一つの会社に依存しない働き方をしたり、そもそも会社に依存していること自体がリスクだという考え方が広まってきています。

 

僕自身はまだサラリーマンという立場ですが、先の記事でも書いたように「会社員」であることに窮屈さを感じていて、その枠を取っ払った働き方をしたいと考えています。二足でも三足でもわらじを履きたい。お金じゃなく、生き方をもっと広げて人生を豊かにしたいのです。

 

そして出会ったのがこの「アリさんとキリギリス」という本なのですが、これを読んで時代がキリギリスにようやく追いついてきたんだなと感じました。そして一方で、アリは死なないということを認識させられました。

 

自責の人生と他責の人生

僕は会社員として働くなかで、不満を抱えている同僚の話を聞くこともあります。例えばそういった同僚に対して「不満があるなら改善すればいい」というと同僚は「こっちの状況をわかってないね。『できない』ってことを知って欲しい」と言うのです。僕は生意気にも続けてこう言いました。

 

「なんで自分の人生に責任をもって生きないの?」

 

『できない』というのは、現状を変えずにいることを選択しているのだと考えます。それが良いと思ってそうしているのです。だったらその現状に満足している自分に気付いて欲しい。違うというなら変えればいいと思うのです。

『できない』のは外的要因を言い訳にしているに過ぎません。それは自分の人生の責任を他人に委ねていることになります。そうして「他責の人生」を送ることを選択するのなら、それによって起こるすべての事象を受け入れる責任が自身にあると思うのです。

でもその同僚は「自分の人生の責任は自分が負うもの」という考えが理解できないようで、話は全くの平行線でした。

 

アリとキリギリスの違い

「今の時代ならキリギリスとして生きる方が良いはずだ。みんながそうなれれば人生はもっと豊かになるはず。」

そう考えていた僕ですが、この本を読み終わって気付いたのです。

それは現代であっても アリ < キリギリス ではないということです。

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『アリさんとキリギリス 持たない・非計画・従わない時代 / 細谷功(さくら舎)』p98より 

 

アリはアリの価値観で生きていて、それがアリの生き方としては良いものであるということ。その価値観はキリギリスのそれと真逆だということ。そしてその価値観は互いに押し付けあってはいけないということ(他人がアリを無理にキリギリスに変えることはできない。その逆も然り)。

 

そしてもう一つ挿絵を紹介します。

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『アリさんとキリギリス 持たない・非計画・従わない時代 / 細谷功(さくら舎)』p144より 

 

アリとキリギストがわかり合えない最大の理由は、両者の存在が「非対称」であるからです。つまり、「キリギリスからアリは見えるが、アリからキリギリスは見えない」ということです。正確に言えば、アリから見えるのはキリギリスの「ほんの一部分だけ」です。(p143より引用)

 この本では、アリとキリギリスは次元の違う空間にいると表現し、それを上の図で説明しています。キリギリスはアリのいる次元を含む広い空間を行き来することができますが、アリは自分のいる次元の中でしか行動できず、また他の空間の様子は見ることができないのです。この視野の違いが「他責の人生」や「できない」といったアリの思考を生むものだと理解しました。

 

タイトルに込められたメッセージ

そのうえでキリギリスやキリギリス寄りの人が知るべきは、現代でも世の中を動かしているのは堅実なアリだということ。アリとキリギリスにはそれぞれ得意分野があって、結局は補完し合って生きているということ。見える視野が違う分だけ、キリギリスは譲歩しなくてはならない部分があるということ。

 

そして、このキリギリス側の主張を綴った本のタイトルが「逆襲のキリギリス」ではなく

『アリさんキリギリス』

であるということが、かつては反面教師のターゲットであったキリギリスの生き方にスポットを当てつつ、アリの生き方をも否定しない、両者共存の時代を想って書かれた本だというメッセージだ。原作を題材にしたというわかりやすさだけでない、深いタイトルだと僕は思う。

 

挿絵も多く、難しい言葉もなくて非常に読み易い本だと思います。若い人は、自分がどちらのタイプなのかを考えるきっかけとして、部下や後輩を持つ社会人にはそれぞれのタイプの思考とマネジメントの仕方の参考に、それ以外の人もあらゆる人間関係の中で役に立つ気付きが得られる本だと思うので、ぜひ読んでみて欲しいと思います。