あおろぐ

人が生きると書いて人生。額面より可処分量。支え合いより与え合い。

『give&take』と『give&give&give』の違いから考えるこれからの生き方

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『give&give&give』って良いなぁと思っていて、でも『give&take』と『give&give&give』の違いってなんだろなとも思ったので考えて見た。

 

 

『give&take』は1対1の経済。何かを与えたら、代わりに何かを返してもらわないと成り立たない。

 

『give&give&give』は不特定多数の経済。誰にでも与え、誰からでも与えられることで成り立つ。蜘蛛の巣のイメージ。

 

例えば恋愛は『give&take』で、それを確かめ合うことが重要になる。だから独占欲は満たされるが、どこか息苦しい。『give&give&give』は誰を愛してもいいし、誰から愛されてもいい。そんなのは浮気だ不倫だ、となるので恋愛での『give&give&give』は一般的にNGだが、あらゆることでこういう感覚で自分の価値観を解放すると、一気に幸せの扉が開かれる。

 

ちょうどいいタイミングでNewsPicksで以下のような記事が紹介された。ぜひ一度目を通してほしいと思う。

newspicks.com

 

 

僕は結婚届や出生届も『所有』するための手続きだと思っている。でも、上のコメントにもあるように、これからはそういった家族や育児もコミュニティの中で共有されていくように思っている。村全体で家庭をまたいで助け合い、子どもを育てていた『古き良き時代』のイメージ。

 

UberAirbnbのように、ホストとユーザーが相互に評価し合う仕組みを育児にも活かせないだろうか?「親が育てなければいけない」なんて固定概念はストレスでしかない。実際に僕の妻も喜びを感じている時もあれば、子どもにぶつけようのないストレスに潰されそうになっている時もある。それは僕にぶつけられるのだが、妻のストレスが夫のストレスになり、家族全体のストレスになってもう負のスパイラルだ。

 

狭い関係の中でお互いに求め合うのではなく、広い関係の中で与え合うことが、これからの生き方で重要になっていくと感じた。これは「僕が死んだら」ということにも繋がってくる。いわゆる「大黒柱」に依存していることは、中央集権的だ。そこが崩れたら総崩れになることは明らかなことだ。僕はそうではなく、僕が死んでも誰かが家族を助けてくれるようにしておくことが、何よりの遺産であり保険であると考えている。

ひとつの力に依存しきるのではなく、蜘蛛の巣のようなネットワークでいつも誰かの助けになれるように、いつも誰かの助けで僕らが生かされるように、『give&give&give』していきたい。