あおろぐ

絶対に必要なものはない。あるのは『あったらいいな』という想い。

手書きで出す葉書は素敵という気づき

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インターネットが生活の中に当たり前に浸透している時代に、手書きで葉書を出すなんてことは面倒だし、書くのに時間がかかる上に送るのに62円もかかるなんて無駄すぎですよね。メールならいつでも何文字でも無料で何通でも送ることができますから、もはや葉書や年賀状なんてのはオワコンなんです。お中元やお歳暮だって、なぜわざわざモノを送らなければならないのかわかりません。非効率でコストばかりかかります。

 

 

でも、ある一通の葉書が上記のような僕の『手書き』に対する意識を変えました。

 

 

 

それは、12月9日に初めてお会いした70歳のコンサル業の男性から送られてきた葉書でした。葉書は12月11日には届いていましたらから、12月9日の夜にお会いしてそのあとすぐに書いて出したのだと思われます。初めて会った、自分の半分も生きていない若造に対する接し方の柔らかさからも、その方の人間性の素晴らしさを感じていましたが、すべて手書きで書かれたその葉書を見た時に、「この人は本当に縁を大切にする人だ」と確信しました。

 

葉書を出さないと縁を大切にしていない、ということではもちろんありませんが、その人の『言行一致』の姿勢に、自らの考えを改めさせられたわけです。

 

 

例えば、堀江貴文さんが年賀状などを無駄というのはすごく合理的で、その考えもよくわかりますし、僕もそうだと思いました(それでも僕は年賀状を毎年出していましたが)。しかし、それと同じことを僕が実行したところで何になるかといったら何にもなりません。それどころか、せっかくの縁がどんどん切れていってしまいます。

 

堀江さんだから、実行することでその真意が伝わるし、堀江さんに関わる人との関係性ができてるから大丈夫なことだと思います。何者でもない僕がそれを真似したところで、それは何にもなりません。改めて、謙虚さって大事だと感じました。

 

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思えば、僕が勤めていた会社の社長も、毎年欠かさず社員へ年賀状を出し、解読が困難なくらいの汚い手書きの文字で一言メッセージを添えてくれていました。それを見てからは僕も全社員に年賀状を出し、一言メッセージを添えるようにしました。全員にメッセージを添えることは簡単そうで難しいものです。それを毎年実行している社長の想いがもっと伝わればいいのにと思います。

 

 

メッセージを送るというツールとして、葉書、メール、LINE、SNS等に優劣はないと思いまいました。どのツールを使うかは『伝え方』の手段を選んでいるだけです。スピードや手軽さや範囲などを優先する場合はデジタルを採り、深さや熱量や特別感を優先するときはアナログを採るという感じですかね。ただ、今はビデオ通話も手軽にできるようになったので、デジタルで直接伝えるということが可能になりました。様々なツールを上手く使い分けて、より良いコミュニケーションから、より良い縁を繋いでいきたいものです。

 

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