あおろぐ

人が生きると書いて人生。額面より可処分量。支え合いより与え合い。

バランスよりトレードオフ。ゼロではなく、プラマイゼロ。

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バランスボールに乗ってみる。初めはなかなかバランスが取れなくて、すぐにボールから落ちてしまう。「下腹で支える」というアドバイスを聞いても、なかなかそれがうまくいかない。

次第に慣れてくる。そして気づいたことがある。それは、バランスを取ろうとするのではなく、むしろ前後左右に動きながら乗るという方が長くボールに乗っていられるということだ。結局、さまざまな方向に振りながら下腹を使っている。「下腹で支える」というのは何もガッチリ止めてキープするということではないのだと思った。

 

何が言いたいかというと、人生も同じだと思う、ということ。

 

 

 大きな失敗をしない代わりに、大きな挑戦もなく、大きな成果もなく、自分の人生を彩るエピソードもない。しかし安定した、不安を限りなくゼロにする生活こそが「幸せ」だという洗脳がある。少なくとも僕は、親にそうやって大事に育てられてきた。何事もなく、身の危険も感じることなく、育ててくれた。それはすごくありがたいことで、自分の両親は大事に思うし、尊敬する。

しかし、それでは満足できなくなってきたというのも本心で、静かな水面のような人生は何もない「ゼロ点」でバランスしているのと同じだと考えるようになった。安心だ、安全だ、安定だ、という人生は多くの人が望んでいて、多くの人が実現していて、じゃあ僕らしい人生ってなんだろうか?ということを思うのだ。僕が面白いと感じ、生きていきたいと思う人生ってなんだろうか?そう自問自答を繰り返している内に、僕は人生は『バランスよりもトレードオフ』だと考えはじめた。

 

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何かを得るために、そのほかの何かを得る選択肢を手放す必要がある。100万円で車を買えば、他の100万円で買えるものを買うという選択肢を手放すことになる。Aという女性と交際すれば、B~Zの女性と交際するという選択肢を手放す。いや、二股でも三股でもする!という人も、それが明るみになることへの恐れや、明るみになってしまった場合のリスクとトレードオフになっている。

 

僕が大事にしたいのは、ゼロではなくプラマイゼロになることを選ぶということ。

 

何か行動をすることで、トレードオフにより+100も-100も同時に得るわけで、平均は0なんだけど、その振れ幅の絶対値は200になる。成功か失敗かという100:0で物事を見るのではなく、「何をして、何を得て、何を失ったか」という『経験値』をしっかりと自分に刻み込まなくては勿体ない。

気を付けなければならないのは、振れ幅を大きくするために無謀なことに挑むことが良いかといえばそうではない。自分自身が活かせる範囲の振れ幅を見極めることは重要で、それを見誤った末に起こるのが殺人や強盗といった犯罪であったり、自殺であったりする(犯罪などを起こすのもトレードオフといえばそうなのだが)。

振れ幅は、一度200を経験すれば、次からは201~にトライできる。自分ができる範囲ではなく、自分が覚悟できる範囲でトライし、どんどん振れ幅を大きくして、さらに自分の覚悟の範囲を広くしていく。そうやって自分を成長させていきたい。

 

逆境も力に変えるというのは良く言われることだけど、そういうレジリエンス(逆境力、回復力と言われる)を育むのは大事なこと。それがめっぽう強いのが堀江貴文さんだと思う。刑務所から出てきてからの活躍ぶりも、刑務所での経験を本にしたりするのも、すべてを上向きの力に変えようとする強靭なマインドがあるからこそだと思うし、だから僕は堀江さんが好きだし尊敬している。

 

ゼロではなくプラマイゼロ。勇気をもって行動し、1mmでも前に進んだ自分を認めてあげること。「すべて力に変えられる」という気持ちでいること。そんな生き方で自分の人生を楽しくしたいな。